(つぶやき)
今、あれこれいろいろありまして、今回は過去記事のリバイバルです。
何とちょうど10年前の2016年5月12日にお送りした【第24号】の内容です。
10年も経つと文章のテイストが変わっていますかね?
突然ですが、クイズです。
「ありがとうの反対言葉は何ですか?」
―不平?不満? それともばかやろう?(笑)
そもそも「ありがとう」の由来は、「有り難し」だそうです。
「有り難し」というのは、有る事が難しい、めったにないということです。
つまり「ありがとう」というのは、「こういう事は、めったにないよね。本当に感謝だよね~」と、そういう気持ちを表した言葉なのです。
ということは、ありがとうの反対言葉は?
――そう!「当たり前」です。
当たり前は、「あって当然。別に感謝するようなことじゃないもんね~!」とバッサリ言い切っている言葉です。だから、ありがとうの反対言葉は「当たり前」。
今日、なぜこのような話をしているのか?
それは「ありがとう」の気持ちが、“やる気に火がつく脳”に必要不可欠だと伝えるためです。
やっぱり親として、願わくば我が子には自分が心からやりたいことを見つけて、その世界で人に感謝されながら、物心両面で豊かな人生を送って欲しいと思いますもんね!
でもそういう人生を送るためには、自分自身のやる気に火をつけられる人になる必要があります。そして、無意識の領域でやる気の素になるのが、何を隠そう「有り難う」の気持ちというわけです。
つまり、やる気に火がつく脳を育てるには、何でもかんでも当たり前と思うのではなく、「有り難いな~!」と思える感性を養っておくことが非常に重要です。
※筆者にそのような立派な感性があるんですか?という鋭いご指摘はくれぐれもなさらぬよう…
ところで、「有り難う」の気持ちが人のやる気やパフォーマンスに大きな影響を及ぼすことは、一流の人たちの受賞インタビューを聞けばよく理解できます。
「この賞を獲れたのは、ひとえに私の才能の賜物です!」
「このような輝かしい成績を残せたのは、すべて私の努力の結果です。私がどれ程の努力を積み重ねてきたか、今日はみなさんにお教えしましょう!」
なんて言ってる受賞者、いませんよね?
「私が、私が・・・」って言ってませんよね?
「今日この場に立てているのは、誰々の支えがあったからです。本当に“有り難う”ございます!!」
と言っているのではないでしょうか。
「賞を獲ったからそう言っているんじゃないの?」という人もいるかもしれませんが、むしろ私はそう思うような人だからこそ、そこまでの努力ができたという解釈の方が正しいと考えています。
少し難しい話になりますが、このことを脳科学の見地から科学的に説明することが可能です。
キーワードは「メンタルヴィゴラス状態」。
・・・なんだかスゴそうでしょ?笑
もしもリクエストがあれば、次回これについて書いてみようと思います。
ぜひリクエストをください。笑
(文:大原)