この前、高校生の長男に突然聞かれました。
「ねえねえ、勉強ってさ、役に立つの?」
おそらくほとんどの人が、この疑問を抱いたことがあるんじゃないでしょうか。
なぜかというとこの問いの本質は、勉強が役に立つかどうかを知りたいわけではないからです。
勉強から逃げ出したい。
逃げる理由が欲しい。
そういう気持ちが質問になって現れただけ。
その場合は問いの最初に「こんな」がくっついているかと思います。
ただ、今回うちの長男が聞いて来た理由は、勉強がイヤになったからではないらしい。どうやら私を試したようでした。
教育の世界でずっと仕事して来たんだよね。
じゃあ、教育のプロはどういう答えを返す?
そんな聞き方でした。こしゃくなヤツです。
準備なしの私の口をついて出たのは、こんな答えでした。
役に立つと思って勉強したことは役に立つだろうし、どうせ役に立たないと思ってやった勉強は役に立たない。
つまり、役に立つか立たないかは勉強の内容によるのではなく、学習者の姿勢やあり方によって左右される。
そういう回答でした。準備なしでは、こんな程度です。
でも、人というのはとっさに出てくる言葉が本音の場合が多いので、どうやら私はこのように考えているらしいです。
勉強する姿勢の差が、「勉強しておいてよかった~!」という人と、「勉強やっとけばよかった」…わ~ん(涙)という人を分かつ。
まあ究極的には、将来役に立つかどうかは神様が決めることであって、自分で決められることではないんだから、われわれ人間の浅はかな考えで切り捨てちゃっていいのかな?と思っています。
なんてことをぼんやり考えていたら、「そうだそうだこれはメルマガのネタになる。せっかくならもっと具体的な説明も」と思い立ちました。
例えば、こんなのはどうでしょうか。
野球の練習で、素振りやキャッチボールをやるよね?
試合でボールを打ったり投げたりするんだから、これは当然役に立つ練習だ。
じゃあ、ストレッチや筋トレは?
試合中に腕立てとか腹筋とかしないよね?
だから、そういう練習は役に立たない?
同じ動作をすることはなくても、練習で身につけたことは役に立つよね。
勉強も同じ。
・・・う~ん、説教くさい。苦笑
微分積分も三角関数もボイル=シャルルの法則も、それ自体を将来使う場面はめったにない。(っていうか、ほとんどの人にはない)
けれどそこで手に入れた思考力や学習能力は、生きていく筋力として大いに役に立つ。大いに役立つのよ。
・・・無理やり役立つという結論に持って行こうとしている? イマイチ。
アフィオヌスとかタイフロヌスっていう目のない深海魚がいるって知ってる?
光のない世界では、目はなくても困らないから退化したらしい。
必要ないものは淘汰されていくのが、この世の摂理。
なのに、昔も今も教科書に載っているということは?
そう、必要だから残っている。
・・・う~ん、説得力はどうなんだろ?
個人的にはやっぱり1個目が好き。
「勉強って、役に立つの?」
あなたならどう答えますか?
(文:大原)
p.s.
本日の内容は、2018年11月1日発行の第88号を加筆・修正したものです。
うちの長男、今は大学院生になりました。