今日はめずらしく、というか、初めて哲学的なお話をしようと思います。
「生きる意味はあるか?」
もしそう聞かれたら、みなさんならどう答えますか?
仕事やプライベートでうまくいっているときは即答で「もちろんあります!」と答えるかもしれませんし、逆にいろいろとうまくいかない時期であれば、「分からない」と答えたくなるかもしれません。
でもおそらく、すべての人に共通なのは、「生きる意味がほしい」と願っていることではないでしょうか。
かのヴィクトール・フランクルは、強制収容所の過酷な環境を生き延びる中で、”人間は「生きる意味」を求めて生きる”という考え方に行き着き、心理療法のロゴセラピーを体系化しました。
なのできっと、「生きる意味はある」のだと思います。
では、なぜそう言えるのか?
「生きる意味はある」と言える根拠は何か?
ずいぶん前にこんな話を聞きました。
「のどの渇きは、水の存在を証明するもっとも確かなものである」
誰だってのどが渇けば「水を飲みたい」と思いますよね?
人がそう思うのは、この世に水が存在するからだと。
もしも水という存在がなければ、水を飲みたいとは思わないはず。
それと同じように、私たちが生きる意味を求めるのは、それがある証拠である、と。
はじめて聞いたときは、目から鱗でした。
いろいろと大変なことが重なっても、生きることには意味がある。
つまり、あんなことやそんなことにもきっと意味がある。
そう思って向き合っていくと、どんなことも意味ある経験になっていく。
そんな感じなのかなと思う今日この頃。
(文:大原)